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本物は控えめな香り


蝉のけたたましい鳴き声が、いつしか「ツクツクホ〜シ」や「カナ、カナ、カナ」に取って代わり、あれよあれよという間に今度は鈴虫やコオロギなどの秋の虫へと・・・


季節は音で移り変わっていくものだなと感じ入っていたところ、突然キンモクセイのさわやかな香りが漂ってきて、ハッと目の覚めるような衝撃を受けました。


まだまだほんの「はしり」といった、かすかにもれこぼれてくるような香りですが、このキンモクセイの香りをかぐと、毎年「ウァ〜!来た、来た、来た!」とページをめくるように秋を感じます。


さて、キンモクセイと言えば、よく「キンモクセイの香り」とうたった商品がありますが、たいていはがっかりする代物です。


そして、それはキンモクセイだけでなく、梅やサクラ、バラやフリージア、はたまたスギやヒノキにいたるまで、自然にある本物の香りと人工の香りとでは、ほとんど似て非なるものという感じがします。


人工の香りは強烈で目立つものですが、どこか一本調子で、本物のような深みやさわやかさや心地よさが足りません。


そして、本物は鼻をすぐそばにまで近づけても、不思議と人工の香りのような強烈さがなく、控えめで穏やかなのです。


似たようなことは「料理の味わい」についても言えそうですし、実は「人の味わい」についても当てはまるように思います。


「優しい人」「明るい人」「きちんとした人」「真面目な人」「頼もしい人」など、「人の味わい」にはいろいろな側面がありますが、見たり、話したりする時に「強烈だな」とか「大げさだな」と感じたり、「不自然だな」と思ったりする時には、どうも演じていたり、無理をしていたり、どこか力が入っていることが多いのです。


利益を目的にして意図的にやっている場合は当然ですが、自然にしているつもりでもなぜかそうなってしまうことも少なくありません。


そんな時には、「こうすべき」という強い信念を持っていたり、「そうしなければ嫌われてしまうのではないか」といった不安が裏側にあることがよくあります。


一方、本物の場合には自然と、迷いや恥ずかしさ、自信のなさといった複雑で微妙な思いが入り混じり、結果的に控えめでにじみ出てくるような印象を与えます。


人は本来「本物」でいるほうがラクです。いろんな思いを信念や不安などで押さえ込む必要がなく、ありのままの自分でいられるからです。


とはいえ、これまで染み付いてきたものの力を弱め、少しずつ自分を解放して「本物」に近づいていくのは、根気のいる大変な作業です。


カウンセリングではそうしたお手伝いをしていくことも、大切な役割だと考えています。


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