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バーベキューと心

2013/09/17
この頃では、おおっぴらに物を燃やせる機会が少なくなりました。私が小学生くらいまでは、家に囲炉裏があって、そこで軽い煮炊きが行われていたのを思い出します。


前日の終わりに灰の中に埋めておいた「オキ(消えきらないでいる燃えカス)」を灰の上にかき出し、その上に新聞紙をのせると、しばらくして煙が出て燃え出します。


それからは、炎の上に比較的燃えやすい小枝をおき、さらに重量感のあるマキをのせていくという手順で囲炉裏に火を起こします。


安定してマキが勢いよく燃えるようになると、子供心に何となく得意な気分になりました。


そんなふうにして火を起こせる機会は、今ではバーベキューくらいでしょうか。


グループで何箇所かに分かれてバーベキューをすると、煙ばかりモクモクと出ているのになかなか火がつかないところや、最初うまく火がついたのに、たくさんのマキを一度にのせてしまって火が消えてしまったところなど、いろいろと苦戦しているグループを見かけます。


しばらくすると、手馴れた人がウチワや新聞紙であおいで空気を送ったり、のせすぎたマキを取り除いて改めて火をつけなおしたりしています。


そんな光景を見ていると、煙がモクモクとくすぶっている様子は、まるで心がモヤモヤして気が晴れないときに似ているように思われます。


いろいろなものをのせすぎて、どこから煙が出ているのかわからないので、ひとつひとつものを取り除きながら煙の出ているところをつきとめていくように、心の場合も苦しみや辛さをたよりに、モヤモヤの発生源を少しずつ明らかにしていきます。


火の場合は、くすぶっているところを見えるようにしてあげるだけで、自然と空気が入って燃え出すことがよくありますが、心の場合もモヤモヤしているところが明らかになっていくだけで、感情があふれて解消していくことがよくあります。


勿論、紙や新聞紙がビッシリ重なって空気が入らないときに、ひとつひとつをほぐしていくように、心の凝り固まってしまった部分をゆっくりと時間をかけてほぐしていく必要があるときもあります。


もしかしたら、心の中ではさまざまな記憶が感情という名の炎で焼かれ、ゆっくりと灰になっていくのかも・・・


秋の深まりとともに、不思議な連想がどんどんと広がってしまいます。


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