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「辛いものは辛い」と言える場所

2011/03/20
震災から1週間が過ぎても、一息つけるような状況にないところがまだまだたくさんあります。さらに、福島原発では事態が終息するめどもまだ見えてきません。


そうした中、メディアでクローズアップされるのが、現地で奮闘する気丈な人たちの姿や、支援の輪を広げる人々の温かい心遣いになっていくのも自然な流れと言えるでしょう。


しかし、人々が手を休め、張りつめていた緊張の糸をフッとゆるめた時に襲われる不安や喪失感、そして絶望や助けられなかった自責などを言葉にできる機会はなかなか少ないものです。


頑張っている姿を見れば見るほど、温かい言葉を聞けば聞くほど、そうした思いは心の奥に秘められてしまいます。


そして「もっと辛い人たちがいるのだから、私が頑張らなくてどうする!」とか「私なんてまだましなほう」と自分を叱咤激励し続けていきます。


でも、辛い状況を並べて、どちらがより辛いのかと比較することはできるものではありません。また、同じ状況にいても人によって辛さの度合いが違うのも当然なことです。


その人にとって辛いものは、本当に辛いことなのです。


最初のうち、その辛さはなかなか言葉にできるものではありません。涙や嗚咽、時には叫びとなってあふれ出します。


でも、我慢する必要はありません。


そうした思いに襲われ、あふれ出してきたら、こらえずに外に出してあげてください。きっと周りの人たちも、そっと見守ってくれるはずです。それぞれがそれぞれの辛さを抱えているのですから。


そして、次第に言葉にして出せるようになってきたら、話を聞かせてください。「同じ話ばかり繰り返して」と、ためらう必要はありません。繰り返せば、繰り返しただけ少しずつラクになっていくはずです。


こうしたことは、震災という特別な状況に限られるものではありません。仕事や家庭での日常生活の中でも同じことが言えるのではないでしょうか。


「辛いものは辛い」と言える場所をそれぞれの中で持っておくことは、きっと心の大切な支えになると思います。


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